「赤ン坊の名前がつかないうちに雷が鳴ると魂が奪われる」
怖い話は好きですか?
ジェットコースターの恐ろしさへの興奮は生涯わかる気がしませんが、未知のものに対する恐ろしさは大好物です。
『川果町よろづ奇縁譚』はそんな未知のものに対する恐怖と向き合い方が優しく描かれます。
- 優しい絵柄にちょっと不思議でちょっと怖い怪奇が絡む異色のBL
- 「奇縁譚」の題名通り人との不思議な縁が回り回って一つのお話になる
- 今市子『百鬼夜行抄』よりマイルドな民俗学的世界観
公式あらすじ
「名前を奪われたら たましいを縛られる。」
この世ならざるモノを扱う、鑑定・調査事務所の大学生アルバイト、平子千佐(ひらこ ちさ)は昔から影が薄く、怪異に狙われやすい危なっかしいタチ。
ひょんなことから、天花寺(てんかじ)という年下の少年に出会った平子は、「もっと用心しろ」と生意気に諭される。
天花寺からは素直になれない好意を感じるものの、彼とはなんだか初対面ではない気がして――?
職場のひょうひょう社長、鈴島と不良社員、魚住の大人カップルを交え、少年と青年の絆は浅からぬものになっていく――。
描き下ろし後日談も収録。年下攻恋愛が彩る、民俗学的 不思議エブリデイ。(四宮しの『川果町よろづ奇縁譚』)
四宮しの『川果町よろづ奇縁譚』ネタバレ感想
- 怪奇話や民俗学が好きならば絶対におすすめ
- 不思議な縁のめぐり合わせが命を救う
- 鈴島鑑定調査事務所を営む鈴島黎一×ある秘密を持つ男・魚住
- 呪いを生業とする家の息子・天花寺(テンカジ)×込み入った事情もちの平子千佐
怪奇話や民俗学が好きならば絶対におすすめ
日常と隣り合わせの不思議な話が大好物です!
この業界で言えば今市子の『百鬼夜行抄』なんか最高の作品だけど、『川果町よろづ奇縁譚』はもう少しマイルドな民俗学型の要素を取り入れたお話です。
民俗学+人の情の複雑さ面白さって感じ。
個人的には千と千尋の神隠しの題材にもなった『霧のむこうのふしぎな町』の雰囲気を感じるけどもっと日本要素が強いかな。
妖怪とか人魚とか呪術とか名前の持つ重要さだとか、思想よりも科学が重要視されるようになった世界で意味がないかもしれないけど説明できない畏怖を体感できる作品は貴重なものだと思う。
子供になまはげとか鬼とかでそういう恐れを教えるのは日本的で好きだなあ。
内容にもどれ!
不思議な縁のめぐり合わせが命を救う
メインが四人、サブが二人?という感じで200ページ足らずのコミックとは思えないほど登場人物がバカバカ出て来る。
その中でもキーになるのが調査事務所でバイトをしている平子千佐、こんな名前だけど男の子でござる。
冒頭に引用したセリフ、
「赤ン坊の名前がつかないうちに雷が鳴ると魂が奪われる」
というのは彼のひいおばあさんの迷信めいたお話だが、実際に彼が生まれた直後雷がなり赤ン坊の魂を欲した魑魅魍魎の部類が家の門戸に押し寄せた。
それらを回避するには、一刻後に通りかかるたびの人を招き入れ「本当の名前」を命名してもらい、その名前は一生涯伏せたまま「偽の名前」で生活をしていかなければならなかった。
千佐には本当の名前がないので、合う人合う人皆が口を揃えて
「お前は誰それに似ているね」
とどこかの誰ともわからない他人の姿を重ねられてしまう。
彼が本当の名前を得ることはその身を危険に晒すことと同等なのだけど、最終的には人の縁のめぐり合わせで自分を取り戻すことになる。
鈴島鑑定調査事務所を営む鈴島黎一×ある秘密を持つ男・魚住
前述の千佐の相手はちょっと置いておいて、先にこのふたりのカップルを
この二人、出会いはほんの少年の頃まで遡る。
二人共生い立ちが複雑すぎて実の親に育てられていないんだけども、回り回ってある夏の一時期に一緒に暮らした経験がある。
そして魚住の持つある「秘密」によって離れ離れになってしまったが大人になって結ばれたという経緯。
魚住の秘密についてはもうほぼ名前が答えになってしまっているけどあえて云わない。
呪いを生業とする家の息子・天花寺(テンカジ)×込み入った事情もちの平子千佐
この二人も幼い頃に出会っていて、作中の時間軸で結ばれることはないがある出来事から未来の姿を垣間見ることができる。
どこをとっても色々な縁のめぐり合わせで人の輪が成り立っているんだということを思い知らされる作品なのだが、彼らの場合は運命的な要素も強い気がする。
メインで登場するこの四人は、幼い頃に出会いもう二度と出会えないであろう別れを経験しそれでもまた人の縁に結ばれて思いを遂げる。
おわりに
四宮しのの作品とは相性がいいときもあれば悪いときもある。
ただピシッとハマる最高の瞬間があるので読むのをやめられないのだ。
多くの登場人物が織りなす穏やかな日常に、少しの不安と怪奇が散りばめられている心地の良い作品。
丁寧に描かれているからこそ読み込むほどに発見がある。
一度手にとってみてはどうだろうか。